皆さんは最近、「紙の広告」を見た覚えがあるだろうか..?もしかしたらご自宅のゴミ箱のなかには、たしかに見つかるかもしれない。
日本全体の広告費において、インターネット広告費がマスコミ四媒体を抜いたのはもう4年も前の話だ。
たとえばWebFolioに広告を掲載するとインターネット広告を利用するということになるのだが、今回紹介するのは、なんと紙の広告、そのうち「フリーペーパー」を事業の主力としている企業である。
こちらは電通が発表している『2024年 日本の広告費』である。2025年2月27日に公開された最新情報だ。

実は今回紹介する企業「株式会社タウンニュース社」は、シュリンク市場にいるにもかかわらず増収増益しているのだ。
同社のビジネスコンセプトである「アドコミ」に注目しながら成長要因を考える。
アドコミとは
地域住民にとって、「広告」も街のニュースであり、大切な生活情報の一つである
これは、タウンニュース社がIR情報で何度も発信している考えだ。
アドコミとは、「アドバタイジング(広告)」と「コミュニケーション(伝達・交流)」を組み合わせた造語であり、ユーザー目線では報道も店の売り出しも、等しく生活情報であることを捉えたものだ。
同社は1998年の時点でこれを商標登録している。

Googleは世界の図書館として、企業のSEO記事もコンテンツの一部であると定義している。
Facebookも同じく、広告もフィードのコンテンツの一部であると定義している。
こういったテックジャイアントが提唱している真理を、人は随分前から知っていたのだ。
増収増益!タウンニュース社の業績
同社の2024年6月期有価証券報告書を見てみた。

事業は冒頭にふれた通り、フリーペーパーである「タウンニュース」を発行し、その広告枠の販売を主業務とするものである。
ちなみにフリーペーパーとは、無料で特定の読者層に配布される印刷メディアを指す。
タウンニュースの場合は、神奈川県全域+東京都の一部(町田市、八王子市、多摩市)向けに、政治、経済、社会、文化、スポーツ等の情報を載せて発行されている。機能的にはほぼ新聞である。
「アドコミ」につながる同社の考えとして、以下がタウンニュースのサービスサイトで発信されているメッセージだ。
現代はインターネットの普及により世界中の情報を居ながらにして気軽に手に入れることができる時代です。その一方で、生活者が必要とする足元の〝わが街〟の情報は、意外にも入手するのが難しいのが現状です。
総理大臣の言動は日々伝えられていますが、自分の住む街の首長や議会の動向はなかなか伝わりません。オリンピックでの日本人選手の活躍ぶりは気軽に目にすることはできても、町内大会での知人の熱戦は現地で観戦するしかありません。タウンニュースは、こうした「地域住民の知りたい」に応える媒体です。https://www.townnews.co.jp/pr/lp/paper-tn.html
タウンニュースには紙面における一般記事の割合が高いことが特徴であるとされている。
さらに行政区単位を基本とした発行体制を敷き、神奈川県全域+東京都の一部の39地区(2025年現在)に、それぞれ内容の異なる紙面を発行している。
そのため、地域住民に向けて情報を発信したいというニーズを持つ地元の商工業者にとって、「最適化とは?」としばしば言われるインターネット以上に有益な広告面と言える。
同社の有価証券報告書では、「タウンニュース事業部門」という単一セグメントで表現されているため、実際にフリーペーパー自体の広告売上がどれくらい増収を牽引したのかはわからない。とはいえ、決算説明会の書き起こしを見るに、紙面クオリティの向上・発行エリアの拡大といった施策で、愚直に提供価値を高めた印象だ。「質の高いコンテンツに載る価値の高い広告」というメディアビジネスの本来の姿と言えるかもしれない。
コア事業である紙面発行事業では、地域のニュースや身近な話題に加え、地域課題解決に向けたアプローチや「SDGs」「介護」「安全・安心」といった読者・クライアントのニーズを意識した全版一斉企画の実施など、真に地域に密着した話題性の高い紙面を提供することにより、他のメディアとの差別化を図ってきました。
また、近年における人口・世帯数動態、文化圏や経済圏、地域住民の生活動線、歴史的背景などを考慮した発行版の再編・見直しも適宜実施しました。https://finance.logmi.jp/articles/380149
インフィード広告や記事LPといった、記事に見せかけた広告はWeb面によくある。
しかしそれはアドコミとは言わない。
アドコミの本質は質の高い情報の供給であり、ユーザーにとってはそれがたまたま、地元のお店の広告であったという体験こそがタウンニュースが作り出しているものだろう。
タウンニュース(紙)のUIはこのような感じだ。

事業ポートフォリオ
紙のタウンニュース以外にも、Webメディアを有している。
Web版タウンニュースも、公開されている実績からはかなり強力なサイトであることがわかる。
同社が開始した事業を時系列で並べると以下のようになる。
開始年月 | 事業内容 |
1977年7月 | タウンニュース(秦野地区からスタート) |
2010年4月 | Web版タウンニュース |
2012年2月 | 神奈川・町田の政治家データベースサイト「政治の森」 |
2016年2月 | イベント情報サイト「RareA」 |
2022年4月 | 秦野市文化会館の指定管理業務 |
2024年4月 | 茅ヶ崎公園体験学習センターの指定管理業務 |
指定管理とは、公共施設の管理に民間事業者の有するノウハウを活用することにより、多様化する住民ニーズに効果的・効率的に対応していくことを目的として開始された制度だ。
PPP(公民連携)事業として一層の注力をするということを決算発表会でも言及していた。
アドコミの実践はこういったリアルの事業でも活きてくる武器となるだろう。
主要な取引先
有価証券報告書の「主な資産及び負債の内容」項目から確認すると、売掛先1位サンライフ社(医療機器)約2,650万円、2位平安レイサービス社(冠婚葬祭)約2,300万円となっている。
神奈川の地場の大物企業がお得意様となっているようだ。
ちなみに、タウンニュース社は光通信が保有割合9.08%の大株主となっている。
光通信は「株式を買うということは、その会社のビジネスを一部保有すること」という考えに基づき、長期間保有することを原則としている。買い増しするケースも多く、段階的に保有比率を引き上げている。
理屈的には光通信の営業網とは事業シナジーがありそうだが、アドコミの思想とは重なりにくいところも多分にありそうだ。
光通信系列のEPARKがかなり商業色の強いメディア(というよりWebメディアの定石はそういうものだ)であり、当初デジタルマーケティング文脈で何かあるかなとも思ったものだが。
目先のシナジーのことよりも、市場の先を読み、未来を描いての取得なのかもしれない。
今後の展開
同社を研究していて改めて気がついたのが、「住んでいる地域の情報は意外と知らない」ということだ。
Webでは検索すると必要な情報を得られるものの、逆にあえて、自宅から近所のなにかについて検索することはない。昨今のWebマーケティング界隈ではローカル検索の重要性について唱えられている。それを踏まえてもやはり紙のフリーペーパーは地元の広告主にとってもユーザーにとっても今も強力な接点となっている。
真に地域に根ざしたアドコミこそが、何かにつけてAIの学習による最適化を追うネット広告運用のある意味の閉塞感を打ち破るのかもしれないと感じさせられた。
舞台は紙から紙以外に変わっていくかもしれないが、改めて「アドバタイジング(広告)」は本来「コミュニケーション(伝達・交流)」と一体をなすものであるという、アドコミの本質的な考えが、これからのマーケターに求められると思う。