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弁護士ドットコムとは
2005年に弁護士の元榮太一郎が設立した「弁護士ドットコム株式会社」。インターネットの普及によって増加した法律問題を調べたい顧客の需要と、弁護士過剰問題に伴いネットを通じて顧客を得たい弁護士の供給を担うサイトとして成長した。2006年には税理士ドットコムも運営開始。
2010年代に入ってからは各種インターネットメディアに法律関連の記事を提供し、弁護士ドットコムへの集客につなげている。2014年にマザーズに上場。2015年には法律のノウハウを活かして電子契約サービス「クラウドサイン」を運営開始し、弁護士ドットコムに次ぐ中核事業として成長させることを目指している。
弁護士ドットコムの事業概要
株式会社弁護士ドットコムの展開する4つのサービスと20年3月期の売上高は以下の通りだ。
弁護士マーケティング支援サービス | 21.1億円 |
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有料会員サービス | 6.6億円 |
税理士マーケティング支援サービス | 4.7億円 |
広告その他サービス | 9.0億円 |
弁護士マーケティング支援サービス
弁護士マーケティング支援サービスとは「弁護士ドットコム」のサービスを指しており、都道府県や法律問題を指定して、弁護士を探すことができる。
同HP内の「みんなの法律問題」ではYahoo知恵袋のように、会員登録したユーザの法律に関する質問に対して弁護士が回答する事ができるため、ユーザー次第では契約を依頼される可能性もある。弁護士が飽和状態と言われる中、弁護士に対して宣伝の場を与えている。
弁護士ドットコムは無料会員登録の弁護士でもプロフィールの設定及びユーザーの質問への回答ができるが、有料会員になることで得意分野ごとの料金表や過去の実績など、より詳細にプロフィールを設定できるようになる。また、ユーザーの検索結果においても有料会員弁護士が上位に表示される仕組みだ。弁護士マーケティング支援サービスの売上は有料会員弁護士からの月額契約料である。
無料登録ユーザーでも質問することができるが、自分自身の質問した内容に対する回答しか閲覧できない。月額税込み330円のプレミアム会員になることで他ユーザーの質問に対する弁護士の回答を閲覧することができ、閲覧順・表示順にもとづく相談の検索も行うことができる。
税理士マーケティング支援サービス
税理士マーケティング支援サービスとは「弁護士ドットコム」の弁護士が税理士になった「税理士ドットコム」のサービスを指している。
このサービスは税理士の紹介手数料が売上となる。税理士ドットコムでは一般ユーザーが運営側に経理関係の問い合わせを行い、それを元に税理士を選定して対応の可否を尋ねる。税理士が対応可能と回答した場合にユーザーとの直接のやり取りができるようになり、ユーザと税理士間で契約が成立すれば税理士が運営側に仲介手数料を支払う仕組みだ。手数料の相場は報酬額の7~8割程度。
弁護士は紹介ビジネスが禁止されているため、月額契約となっているが、税理士は禁止されていないため、紹介ビジネスとなっている。
広告その他サービス
同サービスの売上は弁護士ドットコムの弁護士とユーザー側の課金、税理士ドットコムの税理士への紹介手数料に加え、電子契約サービス「クラウドサイン」の販売に伴う月額料金及び送信料からなる。
クラウドサインは同社が弁護士ドットコムに変わる成長事業として位置づけており、紙と印鑑が必須だった従来の契約をクラウド上で完結させることでパソコンのみで契約を成立させることができる。
従来型の契約では発行者が印刷・捺印した契約書を相手方に郵送し、相手が捺印した上で返信したものを保管していたが、クラウドサインではpdfでやり取りできる。電子契約では収入印紙代がかからないため、契約書1通当たりのコストが従来の800円から300円までコストダウンできると言われてる。
クラウドサインPaymentのサービスも展開しており、契約書の発行と同時にクレジットカードによる支払いを受けることができるため、未回収ゼロを実現することができる。
近年の業績
全体の売上高は順調に増加し続けており、20/3期4Qは11.4億円と、17/3期1Qの3倍以上となっている。主力事業の弁護士ドットコムでは17年度に12000人台だった登録弁護士数が18941人を記録し、これは国内弁護士の45%を占める。
3100人程度だった有料会員弁護士数は5000人となっている。弁護士が飽和状態といわれる近年において過払い金請求のCMが放送されるなど、契約が欲しい弁護士の需要を満たす形で成長したと言える。
有料会員サービスの売上高は20年度に入ってから減少し続けているが、弁護士ドットコムHPの月間訪問者数と有料会員の両方が減少しているためだ。有料会員数は19年9月にピークの19万2000人を記録して以来減少し、20/3は17.8万人を記録。決算書ではGoogleの検索アルゴリズム変更による表示順位の下落が原因としている。
広告その他サービスの売上高は19/3期1Qから順調に拡大を続け、20/3期4Qには3倍以上の2.8億円を記録した。クラウドサインの急激な成長が理由であり、みずほ証券、リクルート、大和ハウスなどの大手でも採用され、16/3期末で1300社だった契約社数が20/3期には7万5000社まで増加している。コスト削減、環境対策を目的としたペーパーレス化の推進と契約簡素化の中で拡大し、電子契約サービスの国内シェア8割を確保した。
17/3期から20/3期までの営業利益は4.1億円⇒5.0億円⇒5.1億円⇒3.9億円、当期純利益は2.6億円⇒3.2億円⇒3.3億円⇒2.6億円と、20/3期に同じく減少している。
販管費の内訳をみると人件費の拡大と広告宣伝費が大きく、3QにおけるクラウドサインのテレビCM広告の実施と4Qにおけるクラウドサイン拡充のための人員採用強化が寄与している。
業績悪化に伴う利益の減少ではなく売上高を急激に伸ばしているクラウドサイン関連の費用拡大が原因であるため投資家の印象は良く、19年には4000~5000円台だった株価が20年に入ってからは10000円台を記録。
21年3月期1Q業績(2020年4月~6月)
弁護士ドットコムの月間訪問者数は5/5に実施されたGoogleの検索アルゴリズム変更の影響を受け減少を続けているものの、登録弁護士数は20/3期4Qから500人増加、有料登録弁護士は100人弱増加し、売上高は1400万円増加している。税理士ドットコム関連の売上高はコロナウイルスによる企業の業績悪化や確定申告期間の延長が影響し、減少している。
なお今期からクラウドサインの売上高が広告その他サービスと分離して報告されている。前述の通り4Qでは7万5000社だった契約社数が9万3000社弱まで増え、それに伴って売上高も25%以上増加した。テレビ広告による認知度の拡大もあるが、コロナウイルス感染防止のためのテレワーク導入も関係しており、コロナウイルスが業績に良い影響を与えた珍しい事例と言える。
今年度第1四半期の売上高は11.6億円と前年同期比で24%も増加しているものの営業利益、経常利益、純利益はそれぞれ数百万円しかなく95%以上も利益が減少している。
これは販管費が前年の6.2億円から9.8億円と、売上高に対して2倍の58.4%も増加したことが原因だが、従来の計画通りクラウドサインのサービス展開に伴う人件費の拡大(3.1億円⇒4.3億円)と5月から開始したテレビの新CMによる広告宣伝費の拡大(1.1億円⇒3.1億円)に起因するため問題はない。
会社が考える今後の方針
今後の方針としてテレワーク導入や働き方の変化による需要拡大を狙い、クラウドサインを核としたの売上高上昇を目指している。今後も宣伝広告と人員の拡充を続け、20/3期に41億円だった全体の売上高を21/3期には52億円を目指す方針だ。契約社数の増加による固定費収入の拡大に加え、1社が扱う契約書の電子化率が上昇すれば従量分の売上も拡大する。
量だけでなくサービスの質向上にも努める。現在のクラウドサインは使用者が締結したpdf形式の契約書を手動で管理しているが、「クラウドサインAI」の導入で自動化を進める。クラウドサインAIはクラウド名刺管理サービスを展開するSansanの契約書データ化システム「Contract One」を活用したもので、このシステムは契約書に書かれた契約締結日・開始日・取引金額・契約相手の名称等を識別する。
これまでに締結した書類の契約書およびpdfデータをアップロードすることで契約書を一元管理できるようになる。現在はベータ版を企業に提供している段階。
2000年以降広告の解禁、報酬の自由化等によって進められてきた弁護士市場の自由化によって今後も弁護士数が増加するとみられる。2020年現在の42200人から2035年には56000人を超えると予測されており、弁護士ドットコムでは①集客支援、②情報支援、③業務支援に基づいた登録弁護士数の拡大を狙っている。
特に情報支援ではオンラインで法律専門書籍を閲覧できるサービス「弁護士ドットコムライブラリー」を展開しており、月額9000円で300冊以上の専門書を閲覧できる。業務支援に関してはこれまでの仲介支援だけでなく、電話・HP作成代行の他に案件管理システム「弁護士ドットコム 業務システム」を展開する。
これにより各クライアントの連絡先、案件をスマホで管理できるようになる。強力な競合他社が居ない中で、仲介以外の弁護士支援サービスを拡充することで登録弁護士数を増やしたい狙いだ。
コロナウイルスの影響もあり、クラウドサイン関連の投資にあたって臨機応変に対応する必要があるため、21/3期の営業利益は黒字を見込んでいるものの具体的な金額は公表していない。
市場から会社の今後を予想する
弁護士マーケティング支援サービス
前述の通り弁護士数は今後も増え続けるとみられ、現在の有料弁護士会員の割合を維持するだけでも売上高の上昇を維持し続けることができると思われる。しかし市場全体の規模は2006年の8486億円から2018年には8586億円とほぼ横ばいで、国民一人当たりの弁護士費用は6646円から6791円と変化していない。
一方で弁護士数は増えているため一人当たりの収入は1748万円から959万円と大きく減少している。(弁護士白書2018年版)人口減少という負荷がかかりながらパイの取り合いをしている市場の中で弁護士ドットコムによる売上高・収益を増加させるためには市場全体の弁護士数増加ペース以上に有料会員数(現状は弁護士全体の十数%)を増やさなければならない。
今年から展開を始めている弁護士向けの情報提供・業務管理サービスの認知度と利便性が認識されなければ、いずれ弁護士関連サービスの成長は止まるだろう。
クラウドサイン
2000年代に設立したIT関連企業の中にはその社が運営する唯一のサイトだけで成長し、2010年代からは成長が鈍化するような企業が多く見られる。しかし弁護士ドットコムは主力事業の成長を維持しつつも、それに並ぶであろう新たな事業を展開できた点で成功していると言える。
契約書の電子化は環境対策を目的としたペーパーレス化だけでなく、人件費の削減にも繋がるため、企業が導入を進める可能性は高い。また、電子化を考えていなくても大手を中心とした取引先が導入を進めれば自社も導入せざるを得ないため、連鎖的に普及が進むだろう。
今後も弁護士関連サービスが緩やかな成長を進める中でクラウドサイン事業が現在の急激な拡大を維持することができれば、5~10年で同社の主力事業に置き換わるかもしれない。
競合としてはシャチハタと業務提携したアメリカのドキュサインがあるが、既にクラウドサインがシェアを確保しており、去年からのCM強化によって圧倒的な知名度を確保している。しかし競合が低価格での提供を始めた場合シェアを失うことになり、弁護士ドットコムが進める人員拡大が利益を圧迫した場合、価格競争で負けてしまう危険性がある。売上高の急な増加に安心せず着実に規模を拡大しなければならない。
総括
弁護士ドットコムはインターネットの成長期に弁護士のための仲介支援サービスを展開したことで、その後は弁護士数の増加と共に成長することができた。今後も弁護士数は増えるとみられるが市場全体では拡大が鈍化しているため、仲介以外の支援サービスが普及しなければ同サービスの成長は止まるだろう。
一方でクラウドサインの展開は電子契約普及の初期段階でシェア・認知度の確保に成功しており、今後も確実に成長すると見られる。会社を支える主力事業に置き換わる中で、価格競争で負けないためにも急な販管費の増加に気を付けなければならない。さらに長期を考えた場合、クラウドサインに関連した新サービスの開発も望まれる。