作成日:2018.10.18  /  最終更新日:2020.01.16

「CASH」の歴史を紐解く~”質屋”から”買取り”アプリになった経緯~

MORII RYOJI

MORII RYOJI

2017年6月28日にスタートした「CASH」

スタートから16時間半でアプリのダウンロード数は2.9万件とバズり、アイテムが現金化された回数は7.2万回、現金化総額は3.6億円強となり、運営元は「処理能力を超えた」として29日にサービスを休止した。

服・財布・バッグなど、身近なアイテムを即時現金化できるアプリとして非常に注目を集め、近年のスタートアップ界隈で一番反響が大きかったサービスといっても過言ではないだろう。

リリース当時の「CASH」には、2つの革命的なビジネスモデルがあった。それは「査定をせずに即入金」という点と「アイテムを渡さなくても良い」という点だ。

「CASH」の2つの特徴

査定せずに即入金

「CASH」は全く何も査定していないのはご存知でしょうか。写真を撮影する前にアイテムのカテゴリ(ブランド等)を選択するのだが、なんともうこの時点で買い取り金額は決まっているのだ。

そのため撮影した写真は全く査定に考慮されていない。

査定後は(正確には査定していないが)すぐにお金が振り込まれ、撮影したアイテムを2ヶ月以内に運営宛へ送る必要がある。

この「即入金」というシステムにより、メルカリを筆頭とするフリマアプリユーザの、すぐに商品を売りたいというユーザを、完成度の高いUI・UXでリテラシーが低い層をカバーし、一気に取り込むことができた。

アイテムを渡さなくても良い

アイテムを現金化してお金を受け取ったのち、アイテムを2ヶ月以内に運営宛に送る必要があるが、アイテムを送らなくても2ヶ月以内に手数料を上乗せして返金すればOKとしている。(上記の図でいう”キャッシュを返す”)

この返金手数料が15%と設定されており、2ヶ月で15%=年率90%と、あまりの手数料の高さに当時話題となった。

この返金手数料を利子として捉えれば、出資法の「年利20%まで」に違反し、利子が発生する=貸金としてみなされ、貸金業の許可を取っていないため「貸金業規制法」の違反になる可能性があった。

当時「CASH」は「古物営業法」の許可を持って「質屋」の真似事をし「返金手数料はキャンセル料なので利子にはならない」と主張していた。(質屋の真似事というのも、質屋をやるには質屋営業の許可が必要で同社は持っていなかった)

逆に「質屋営業」に当てはまらない理由は「単に撮影しただけで物品を送っていないため質として成立していない」と考えることができる。

「質屋営業法」の上限金利は年率109.5%と超高金利だが(消費者金融の上限金利が18%)、「CASH」は年率90%と「質屋営業法」の上限に収まっていることから、本当は質屋営業の許可を取得する予定だったはずだ。

賞賛されるべきことではないが、法の隙間を掻い潜り、「査定をせずに即入金」というのは見せかけで、恐らく本当はこの高額な返金手数料の徴収を目的としたビジネスモデルに、感心せざるを得なかった。

「CASH」の仕様変更、質屋から買取りへ

「CASH」は2ヶ月間のサービス停止を経て、2017年08月24日に返金手数料が物議を呼んだ「アイテムを渡さなくて良い」機能を削除した。

スマホやタブレットなども取り扱うようになり、「質屋」から「中古品買い取り」へと完全にビジネスモデルを移行し、クリーンな商売へと変貌した。

撮影したアイテムに関しても、2ヶ月から2週間以内に送るように期間が変更され、リアルタイム査定後はアイテムを必ず送らなくてはならなくなった。

サービス停止から再開までの経緯を同日に「お待たせしました、再開いたします」で紹介している。こういった後日談的な見せ方も非常に上手い。

そこから3か月後の2017年11月21日に「DMM.com」が、なんと70億円という超高額な金額で買収した。当時「CASH」を運営する「BANK」は社員数たったの6人。

メルカリ子会社のゾウゾウは同様の即時買取りサービス「メルカリNOW」を2017年11月27日にスタートしたことから、「BANK」は自己資本で運営していたら相当厳しい状態になっていたことだろう。逆にメルカリが新サービスを発表する数日前に「DMM.com」が買収したことから、先に市場を独占して先行者利益を得るために、買収を急いだと考えられる。

その後「メルカリNOW」は明確な理由を表明しないまま、2018年8月20日に終了した。

また2018年1月にスタートした、シラフが運営するスマホ即時買取サービス「スママDASH」は4月26日、即時買取りではなく、物品の送付後に確定した金額を振り込む通常の買取り形式のビジネスモデルに転換した。

理由としては、techcrunchの以下のインタビューで詳細に語られている。

買取価格の査定申込後、与信審査などもなく即座に商品を売却できることで昨年広がった即時買取モデル。ただその一方で実際に査定金額を振り込んだもののユーザーから商品が送られてこない虚偽申込など、事業者側にリスクもある。

スママDASHの場合は、この「虚偽申込の多さ」に加えて「スマホ端末という商材の特性」上、このビジネスモデルがあまりマッチしなかったという2点が撤退に要因となったようだ。

ジラフによるとスママDASHにて買取、査定金額の振込を済ませたスマホ端末か送られてこないケースが頻発。最も高い時では80%が虚偽申込だったという。特に買取単価が2万円を超える端末において虚偽申込率が高く、買取未着荷リスクを回避するために買取価格を想定以上に下けさるを得ない状況だった。その影響で善良なユーサとも価格面てマッチせす、期待に沿えなくなっていたという。
https://jp.techcrunch.com/2018/04/26/smamadash-pivot/

他サービスでは即時買取りモデルが上手くいっていないようだ。

「DMM.com」に買収された「CASH」は、より買取りアプリの側面を強め、2018年2月20日に外貨、金券・商品券の買取を開始し、2018年9月5日には中古車の買取りを開始することを発表した。(中古車の買取りは査定審査後すぐに5万円が入り、後日改めて買取り額が入金される仕組みだ。)

「CASH」が素晴らしい点

「CASH」は「即時買取り」と「返金手数料という名の利子」という2点の革命的なアイデアの他、さらに2つ特筆したい点がある。それは「デザイン」と「ドメイン」だ。

論理的なデザイン

「かっこいい」「美しい」という抽象的な論理でデザインされるケースが多々あるが、「CASH」は具体的な論理でデザインをUI・UXに落とし込んでいる。

少し長いが「CASH」のデザイナーが作成した、スライド資料を見て欲しい。「CASH」のUI・UXが、どれだけ論理的にデザインされているのかがわかるだろう。

「CASH」は親しみやすさだけでなく「抜け感」をとにかく大事にしており、ロゴは即金のスピード感を表現しつつ、文字間をゆったりすることにより、抜け感のあるロゴとなっている。

アプリで査定する際に、写真を撮影して「CASH」ボタンをタップすると「査定中のローディング画像」が表示される仕組みになるが、実はローディングを挟まずに、すぐに査定結果を表示させることも可能とのこと。

しかし、それだとアイテムがお金に変わる実感・体験を得られないため、わざとローディングを挟んでいるようだ。アプリ内では査定額のカウントアップや、査定結果時に振動させたりと、とにかく楽しい・軽い気持ちで利用できるようになっている。

「お金」というのは怪しい、怖いというネガティブなイメージを与えがちだが、ポジティブなイメージを与えることに成功している。昨今のFinTech系を中心とするスタートアップのWEBサービスのテーマカラーに「黄色」が採用されるケースが非常に多くなったが、これは「CASH」が流行らせたものだと、個人的に捉えています。

ドメインに400万円

ドメイン名の「cash.jp」、実は既に使っているサービスがあったようだが、400万円でオファーし購入した経緯がある。まだ流行るかわからない段階で、たかがドメインに400万円も支払うというのは、相当先見性があると思われる。

同社の代表、光太勇介氏は誰でもオンラインストアがつくれる「STORES.jp」を開発した起業家で、ドメインに関して、CAREER HACKのインタビューで以下のように語っている。

『cash.jp』のドメインは400万円で買ったんですよね。前例がないサービスは価値が伝えづらいので、説明コストを省きたくて。すぐ現金化できるという価値を一言で表現するためにサービス名は『CASH』で、ドメインも『cash.jp』にしたかった。いかに説明を省けるか、『STORES.jp』の時に痛感したことでもありました。

『cash.jp』というドメインに400万円はすごく安い買い物だと思いました。すぐ回収できると踏んでいたし、躊躇はなかったですね。実際、すぐに回収できました
https://careerhack.en-japan.com/report/detail/938

総括

質屋アプリから買取りアプリへと、ありきたりなビジネスモデルに変更したものの、結局70億円で売却することができたので、起業家の観点で言えば大成功と言える。

しかもこの買収には経営者のロックアップが設定されていない。通常ロックアップが設定され、買収先の企業に2~3年程度拘束されるのが一般的だが、設定されていないということは、いつでも退職することができる形態となっている。

少額な金額を対象として即金を行うことから、「CASH」のことを「FinTech」からもじって「貧テック」と揶揄する声もあるが、色々世間を騒がせた「CASH」がどこまでスケールしていくのか、今後も非常に気になるところ。

MORII RYOJI

MORII RYOJI

士業に特化したホームページ制作会社オルトベースの代表。24歳の頃に何か面白いWebサービスを開発するため、自分自身の忘備録としてスタートアップのビジネスモデルをまとめ始めたのが「WebFolio」で今年で5年目。何かあれば気軽にFacebookから連絡してください。

執筆者

トピックス

執筆者一覧